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空気からパンを作った男たち ~ハーバーボッシュ法の歴史~

 

いらっしゃいませ!
今日もいいもの用意しときましたよ!

 

 

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去年に書いたハーバーボッシュ法の記事、あまりにも長いし、分けられてて読みにくいというご意見をいただいたので時間がない人向けの記事を書いてみました。

 

 

 

ハーバーボッシュ法とは

    ハーバーボッシュ法は窒素水素を反応させてアンモニアという化合物を生成するというものです。

     ハーバーボッシュ法を発明したフリッツハーバーカールボッシュノーベル賞を受賞しています。二人の発明したハーバーボッシュ法は知識のない人からすれば何の意味もなさそうに思うかもしれませんが、世界を救ったといっても過言ではない発明なのです。

 

産業革命と人口爆発

    18世紀後半からイギリスを中心に起きた産業革命以降、技術発展により人口は爆発的に増えていました。

    人口が爆発的に増加することは食料問題という大きな問題を引き起こします。技術発展で生産量が増えたものの、それでも追いつかないぐらい人口が急激に増加しました。このままでは多くの人が飢える。そんなときにこのハーバーボッシュ法が誕生しました。

 

肥料の歴史

    最も初期の肥料は焼畑でしょう。植物を焼いてそれを肥料にする。意識的ではないかもしれませんが、それが肥料の始まりではないかと言われています。そこから家畜のフンなどを肥料に使ったりと意識的に肥料を使うようになっていきます。

 そして、時代は進み余った魚などで肥料を作り、それが金銭と取引されるようになりました。金銭と取引されるほど重要なものになっていったということですね。さらに時代が進み、1800年初頭、チリ硝石カリ鉱石といったものが肥料になるとわかり、ヨーロッパ全土に広がります。こうして1850年ごろ三大肥料が揃うことになります。

    三大肥料というのは窒素カリウムリン酸の3種類の肥料のことです。チリ硝石には窒素カリ鉱石にはカリウムが含まれています。現代でもこの3種類は肥料としてよく用いられています。。この3種類の物質が植物をよりよく成長させる鍵となる成分というわけです。

 

危機の回避と新たな危機

 三大肥料が揃い、一気に農業は発展します。当時、すでにこのまま人口が増え続ければ飢える人が出てくると言われていましたが、肥料の発展により問題は解決します。

    しかし、問題はすぐに出てきました。肥料として使っていた鉱石は有限です。このままのペースで使えば当然枯渇します。特にチリ硝石に関しては19世紀のうちに枯渇すると予測されていました。せっかく人口増加に耐えうる農業が成立したのにそうした時代がもうすぐ終わるという危機に直面したわけです。

    このような危機に対してイギリスの化学会では空気中に存在する窒素を利用するしかないということを言い始めました。こうして、世界中の研究者が空気中の窒素を肥料にする方法を日々模索するに至りました。

 

植物の窒素利用

    窒素といえば空気中に78%ほど含まれている物質です。前回もお話しした通り、窒素は植物の成長に欠かせない成分です。

    多くの植物は土壌中の硝酸態の窒素をまず吸収します。その窒素をいろいろあって変換しアンモニア態にします。ここからグルタミン酸と呼ばれるアミノ酸に変換し、それを使って植物は成長していきます。つまりは空気中の窒素ではなく土の中の窒素を利用しているというわけです。

 

窒素を捕まえる

    さて、考えてみて欲しいのですが、肥料の見つかる前はどのようにして窒素を手に入れていたのでしょうか?

    もともとそこにいた植物が枯れて、その中の窒素を利用していたというのもあるでしょう。じゃあもともとそこにいた植物はどうやって窒素を手に入れたのって話ですよね。重要な窒素を捕まえる方法があります。それは窒素固定細菌と呼ばれる細菌が行う窒素固定です。

    窒素固定細菌は空気中に無数に存在する窒素を捕まえることが出来ます。といっても彼らだけでは捕まえることはできません。例えばマメ科の植物の根に宿り、根粒という特殊な器官を作ります。そこで空気中の窒素を変換することが出来るのです。つまり、窒素固定細菌だけではなくマメ科の植物と共同作業で窒素を捕まえているということです。

    窒素固定細菌とマメ科の植物のおかげで空気中の窒素を植物に取り入れて、それがいずれ他の植物の肥料になるというわけです。

    この窒素固定細菌の代わりにチリ硝石を撒いて肥料にしているというわけです。そして、このチリ硝石がいずれ枯渇するという問題が現れて、化学研究者がどのようにして窒素を捕まえるかということを考えることになりました。

 

窒素固定の難しさ

     空気中に8割近くある窒素。これを読んでいるあなたも今すぐ取ることが出来ます。ただ、取るだけでは植物は利用することが出来ません。上の説明のように窒素は直接空気中のものを使っているわけではないからです。

     人口爆発に耐えるような食糧生産をするために欠かせない肥料を作るためには窒素固定細菌たちのように空気中の窒素を捕まえる(固定する)必要があるということです。

    捕まえるといっていますが、そんなに簡単なことではありません。空気中に含まれる窒素分子は非常に安定しています。安定しているということは他の物質と反応しないということです。普通、化学反応は反応する物質同士がより安定するように反応が進みます。それぞれがバラバラでいるよりも一緒になる方が安定するという時に反応が進むということです。窒素はすでに十分安定していて、他のものとわざわざ反応する必要が無いのです。反応するにはある程度エネルギーが必要ですから反応すればむしろしんどいだけなのです。

    当然ながら当時の化学者は窒素が反応しにくいことは知っています。そのため、空気中の窒素を捕まえて肥料に利用するというのはそう簡単にできることじゃないということも気づいています。

    実際、今でも窒素固定細菌がどのようにして窒素を捕まえているかというのはまだ完全にはわかっていません。そのぐらい難しいことなのです。

 

ある条件下で直接合成

   ある条件とはなんなのかというと高温高圧という条件です。どうしてこの条件で進むかはルシャトリエの発見したルシャトリエの原理を考えれば当然の結果だと言えます。

    ん?いやいや、ルシャトリエの原理で考えたら低温高圧条件でしょ! と思った人もいるでしょう。はい。その通りです。この反応を考えると高温よりも低温のほうが進行します。

 しかし、なぜ高温なのでしょうか? これは低温だと熱運動が小さくなり、分子同士の衝突が減ってしまい、結果的に反応が逆に遅くなってしまうからです。温度を上げて、ぶつかる頻度を増やしてあげることで反応を進めやすくしています。とは言っても、上げすぎると反応は進行しにくくなるので程よい温度を狙う必要があります。

 

ネルンストの批判

    前回、ネルンストは0.003%に対してハーバーは0.01%生成に成功したという話をしました。ネルンストはそんな多く生成するわけがないと大批判したという話もさせてもらいました。実際どっちが正しかったのでしょうか?

    ネルンストは50気圧(大気圧の50倍),1000℃の環境で0.003%生成したと報告しました。ハーバーは1気圧,1020℃で0.01%生成したと報告しました。先ほどの話を踏まえるとネルンストの方が生成しやすそうな感じがしますし、批判しても仕方がないかなという感じです。

    さて、ハーバーは正しいのでしょうか?正しくないのでしょうか? この問題を解決したのが日本人の田丸節郎です。彼はネルンストの研究室で研究をしたのちハーバーの研究室で研究をしました。彼らの反応でどのくらい熱が出ているか、出てくるガスの特性などを調べて正確な生成量を計算することに貢献しました。その結果、ハーバーのいう0.01%は事実であり、ネルンストの0.003%の方が不正確だということがわかりました。

    ちなみに田丸節郎は東京工業大学の初代図書館長です。やはり日本トップクラスの大学にはすごい人がいるものですね……

 

ハーバーの合成法の工業化

    前回お話しした通り、ネルンストの0.003%では工業化は不可能だと言われていました。あまりにも採算が取れなすぎるということです。

    しかし、ハーバーや田丸節郎の研究により0.01%ぐらい作ることができるということがわかりました。もしかすると改善次第で工業化できるのではないかというような感じです。

    さあ、やっと人口爆発に耐えるであろう肥料生産ができるぞ!というわけです。こうして、人類は危機を逃れたのでした。めでたしめでたし。

 

工業化の難しさ

    と、終わったかのように書きましたが、まだまだ続きます。

    ハーバーの方法の条件はなんだったでしょうか。高温高圧という条件です。これが実はとんでもなく厄介な問題です。

    高温でも耐える反応させる機械を作らなくてはならない高圧でも耐える反応させられる機械を作らないといけない。これは非常に大きな問題です。

  ルシャトリエは助手が亡くなったこともあり断念したという話をしました。原因は高圧の装置が爆発したためです。人が簡単に吹っ飛ぶようなそれぐらいの圧力が必要になってきます。

    工業化は単に作ればいいというわけではありません。採算を取れるようにしないといけません。誰も死なないとしてもしょっちゅう爆発されては採算がとれるわけがありません。

    壊れるということだけが問題ではありません。高温高圧になれば目的の物以外の反応も起きます。自分が入れた原料が反応をさせる容器の壁と反応するなんてことも起こります。それでは目的の物以外がどんどん生まれてしまいロスが大きくなります

    つまり、ハーバーの方法を単に大きな機械でやれば工業化出来るというわけではなく、ハーバーの方法に耐えうる大きな機械を作らなくては工業化出来ないということです。

 

ハーバーの改良

 ハーバーはアンモニア合成に成功してからも研究を続け、ネルンストのアドバイスなどもあり、200~300気圧,400~600℃の条件でOs触媒(触媒というのは反応を速くする魔法の物質だと思ってもらえればいいです。)を使うと10%~20%程度アンモニアに変換できるということを発見しました。最初に言っていた0.01%とかと比べるととんでもない量ですよね。

 

工業化への課題

 さて、ここで工業化への課題を一度まとめてみたいと思います。

 高温高圧という条件がゆえに反応装置を作るということがそんなに簡単なことではないということでした。その環境に耐えうる装置を作ったり、容器自体が反応してしまうことを防がなくてはいけないなど様々な問題が存在します。

 そして、もう一つ問題があります。それは触媒です。高温高圧という条件が重要なのはたしかなのですが、それだけではあまりにも時間がかかりすぎるのです。少しでも反応を速くするには触媒というものが必要になります。

 触媒というのは簡単に言えばそれがあるだけで反応が速くなるというような物質です。このような反応にはこの触媒が良い、でもあっちの反応には使えないといったように反応ごとに使えたり、使えなかったりします。

 上で書きましたが、ハーバーはOs触媒を利用することでたくさんのアンモニアを得ることを可能にしました。じゃあ、それを使えばいいんじゃないの? と思うかもしれませんが、Os自体がかなり高価な物質でやはり工業化には適していません。つまり、Os触媒に代わる触媒を探さなくてはなりません

 

高温高圧に耐える装置を作ろう

 これまでにないような高温高圧の反応。言うまでもなく課題の山です。この課題をすべて解決したのがハーバーボッシュ法のもう一人の発明者 ドイツの化学会社BASFのカールボッシュです。

 この当時、高圧の装置といっても200気圧常温程度のものしかありませんでした。どのようにハーバーの反応を実現するような温度と気圧を実現するか。

 1910年、ボッシュは装置を作りました。しかし、80時間程度で爆発。当初は装置の鉄と窒素が反応したのだと考えられました。

 しっかりとこの装置を調べると、鉄に含まれる炭素が水素と反応したことと鉄の中に水素が溶け、合金となってしまっているということがわかります。この合金はもろいため高温高圧に耐えられなくなって爆発を起こしたというわけです。

 じゃあ、鉄以外を探せばいいとなりますが、もちろんそんな簡単には見つからず。

 じゃあ、鉄が窒素や水素と接さないようにしようと膜を貼ったりしますが、高温高圧なため膨張してしまい結局接してしまうことになる。

 そうして、結局炭素の少ない鉄を使ったり、2重構造でもろくなっても耐えられるようにしたり、水素と高圧化で鉄が出会わないように穴をあけたり、様々な工夫をし、なんとか高温高圧でも反応できるような装置を完成させます。このほかにも反応にかかわる様々な問題を解決し、ハーバーボッシュ法の工業化を成功させます。

 

触媒の問題

 さて、最後の課題である触媒についてです。ハーバーボッシュ法という名前ですが、ハーバーでもボッシュでもない人物が触媒を発見します。

 触媒を発見した人の名前はアルヴィンミタッシュです。こんなに偉大なことをしているにもかかわらず、日本語版Wikipediaには載っていないという人です。

 彼もBASFの研究者です。つまり、ハーバーボッシュ法はBASFによって工業化された反応といっていいわけですね。

 彼は1909年から3年間もの間ひたすら触媒を探し続けました。調べた触媒の種類は何と2500種類以上。そんなにたくさんの触媒を良く用意したなと思います。実験回数は2万回以上。そんな実験からにいだされた触媒が酸化鉄をベースにアルミナ(アルミニウムの元と思ってもらえばいいです)と酸化カリウムを少し混ぜるというものです。この触媒であればOs触媒よりも安価に用意できます。

 

ハーバーボッシュ法の工業化

 反応を発見したハーバー、高温高圧でも耐えられる装置を作り出したボッシュ、安価な触媒を発見したミタッシュの3人によりハーバーボッシュ法が1913年に工業化されました。

 こうして、人類は初めて空気中から窒素を捕まえられるようになりました。窒素を捕まえられるようになったことは人類にとってとても大きな影響をもたらしました。窒素は肥料に必須な物質で、これがなくては人類は飢饉に陥るという状態でした。ハーバーボッシュ法確立されたことで肥料が人工的に作れるようになり、人類の食糧問題は一気に解決に進みます。このような功績から「空気からパンを作った」と言われています。

 ここまでとんでもなく長い記事を書いてきましたが、こうして化学最大の発明「ハーバーボッシュ法」が誕生したわけです。この発明があるから今の人類がいるといっても過言ではありません。もし見つからなければ食糧不足に陥って今のような世界はきっとないでしょう。彼らの発見は偉大です。

 

おわりに

 何かを作るというためには多くの人の力と時間、お金が必要になります。私たちが知らない間に使っているものすべてに多くの研究者、技術者の努力が隠れています。彼らのほとんどは生活を豊かにしたいという思いをもっていたり、自分の発見が何かの役に立てばいいと思う人たちだと思います。こうやって生活できているのもそんな人々がいるからだとたまには思い出したいものですね。